生活のあらゆる場面で、実際にどれほどクリエイティブで活気にあふれることができるかは、あなた自身がどのような姿勢を選択するかにかかっている。
そして、その姿勢が本物かどうかは、事がうまく運んでいるときよりもむしろ、逆境と対峙しているときにわかる。
逆境にあるときは、その状況に負けてしまったほうがラクなように思えるものだ。
たとえそれが自分をダメにするとわかっていても、辛い思いをするよりは、犠牲になったほうがずっとましだと思う。
しかし、充分に自己発揮して犠牲になどならないようにすれば、不幸に傾きつつあった状況を、自分の都合のいいように方向転換することもできるのである。
一番大事なことは、自分の今いる状況をうまく利用できるよう、怠りなく身構える姿勢をとることだ。
そしていろいろなことに考えをめぐらせてみること、また、しかるべきチャンスはないかと熱心に探し求めることである。
たとえチャンスに恵まれなかったとしても、前向きな姿勢をとりつづけること。
そうすれば、ふさぎ込んでしまったために隠されていた利点を、また見出すことができるはずだ。
子供時代を思い出してみてほしい。
子供のころには、人生が自分にとって大きな失敗になるかもしれない、などと誰も考えなかったはずだ。
逆境だろうが何だろうが、それらをプラスに変えて、自分のために生かす名人だったはずだ。
たとえば、大雪になったために楽しみにしていたことができなくなっても、そのことを嘆いて一日をムダにするようなことはなかっただろう。
大雪というマイナス状況も、楽しく遊ぶための機会に変えていた。
雪だるまをつくったり、雪合戦をしたり、あるいは雪かきをして小遣いを稼いだりと、いくらでもやることはあったはずだ。
ブツブツ文旬を言っている暇などなかっただろう。
つまり、クリエイティブで活気にあふれていたのである。
かつてのあなたは、授業の最中でも自分で気晴らしを見つけて、退屈を何とかしのぐ方法を知っていた。
何をやっても楽しむことができたはずだ。
当時は、どんな状況にあってもクリエイティブで活気にあふれていられるという特質が、自然にそなわっていたのである。
それが現在はどうだろう。
物事が思うように運ばないと言ってはあきらめの姿勢をとり、それがために犠牲になってしまっている。
自然にそなわっていたあの特質を失いかけているのではないだろうか。
そして今の自分はどうしようもない、などと思っているのではないだろうか。
確かに子供の頃は「遊び」の天才で、「お金」が無くても楽しめていました。「クリエイティブ」が減ったのでしょうか?「お金」で何とかしてしまっていて、「モノ」に拘っていた気がします。「クリエイティブ」って「楽しむ」為には不可欠ですね、もっと磨いていかないと・・・
↓ 参考書籍
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