【熱狂できないということは、凡庸(ぼんよう)のしるしだ。 ー フランスの作家バルザック】
カイロ郊外のピラミッドを初めて見たのはいつだったろう。
話には聞いていたが、その壮大さには度肝を抜かれた。
日本人はピラミッドというとエジプトの専売特許のように思い込んでいるようだか、ユカタン半島にもピラミッドはたくさんある。
底面積だけなら、世界一の規模を誇るのはエジプトのギザのピラミッドではなく、ユカタン半島の太陽のピラミッドではなかっただろうか。
北京からはるばる辺境の嘉浴闊(かくよくかん)まで饒く万里の長城。
いまだ全容は日の目を見ていないというのに、すでにその壮大な規模で圧倒する秦のよう始皇帝の兵馬桶(へいばよう)。
著者か旅行に心躍るのは、人類はこうした壮大な夢を追いかけてきた生き物だということを、この目で確かめることができる喜びがあるからかもしれない。
世界史をたどれば、100年、200年という歳月を注いで作られた建造物など、少しも珍しくない。
アイルランドやスコットランドのストーンヘンジなど、何千年という歳月をかけて徐々に完成されていったのだ。
こうした建造物がいまなお訪れる人の心を強くとらえて離さないことを実感すると、やはり、とうていかないそうもない壮大な理想を掲げ、一途にその実現を目ざして生涯を捧げるような青臭い生き方もよいものだと思う。
著者の祖父の時代には、青雲の志という言葉があったそうです。
「男たるもの、大きな志をもち、まいしんそれに向かって邁進せよ」と教えられたものだった。
祖父は明治33年(1900)にドイツ留学を果たしてしたそうです。
これは現在でいえば、宇宙に旅立つほどの大望だったのではないか。
しかも、パイオニア精神横溢(せいしんおういつ)な祖父は、当時、日本ではまだ希有な存在だった精神科医を目ざしたのである。
そこへいくと、三代目の著者をはじめ、どうも最近の日本人は理想も、目標も小粒になってきてしまったように思えてならない。
最近の若いビジネス人に「会社での目標は?」と聞くと、「まあまあでいいです」などと空気が抜けた風船のような答えが返ってきてがっくりする。
秀吉は、百姓からぞうり取りに採り上げられたころから、「天下をとる」と豪語していたそうです。
志だけは高くもっていなければ、自分の中から浮揚力は湧いてこない。
もっとも、何も立身出世を目ざしてほしいと思っているわけではないので、誤解のないように。
要はデカイこと、スケールの大きなことを考えてほしいのだ。
若いときからちんまりとまとまってしまっているようでは、その先はない。
【空想は知識より重要である。 ー 物理学者アインシュタイン】
ソフトバンクの孫正義氏は、19歳のときに自分の人生の青写真をつくったという。
そして将来は「日本一の企業家になる」、つまり、自分で会社を起こして、その会社を日本一の規模に育てると計画表に書き込んだ。
実際に、まだ学生時代に会社を起こして、社長になってしまった。
その後の素睛らしい躍進ぶりはご存じのとおりだ。
体が弱かったことと在日外国人だったことから、日本の企業に入っても将来はないだろうと思ったことが動機だったと聞いている。
つまり、孫氏は、自分の弱点を逆手にとって、大きな夢を描き、それを実現してみせたのである。
日本ではベンチャー企業が生まれにくく、育ちにくい。
そして、それが日本の経済再生がいまひとつうまくいかない理由の一つになっていると聞く。
ベンチャーを育てるエンジェルと呼ばれる資本家が少ないとか、どうしても既存のネームバリューに頼りがちという傾向もある。
だが、日本の社会はいま、大きな転換期にある。
従来の価値構造は大きく揺らぎ、それだけ新しい芽が育ちやすい土壌ができつつある。
大望のタネを植えつけるには、いまは絶好のチャンスといえるかもしれない。
少し壮大すぎる話になってしまいましたが、ようは流れに身を任せておかないで、「何か」を始めましょう、ということですね。今の時代、「無難に働いて、無難に生きる」のも難しくなってきましたから、得意なことを活かすか、新しくチャレンジする事が大事です。個人的にはネットを使ってビジネスをすることをお勧めします。
↓ 参考書籍
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