人間は他人の悩みに対しては、わりと簡単に「こうしたらいいんじゃないか」と解決策を示したり、助言したりできるのに、自分の悩みになると、どうしたらいいのかわからなくなります。
なぜ、自分の悩みを解決するのは難しいかというと、人間は自分のことは冷静に見ることができないからです。
これを「バイアス」(思い込み)といい、バイアスが強くなると、人生のいろいろな面で損をします。
ほんとうは能力があるのに、「自分には無理だ」というバイアスが働いてチャレンジしなかったり、明らかに損をする投資話をもちかけられているのに、「自分だけは特別」というバイアスにふりまわされて、なんとなく「いけそうだ」と思ったりするのです。
このようなミスをなくして、正しく判断するにはどうすればいいのでしょうか。
ウォータールー大学が、267人の学生を対象に行なった実験があります。
昔から、社会のために役立つ行動をしたり、他人に親切にしたりする人は、バイアスに惑わされにくく、判断能力が高いといわれていました。
それならば、社会や他人のために役立とうとすることによって、バイアスに引っかかる確率を下げ、判断能力を高めることができるのではないか、ということを調べたのです。
この研究では、まず参加者たちが「徳の高さ」をどれくらい重要だと思っているかを調べました。
簡単にいうと、「他人や世間の役に立つことをしたいと思いますか」
「自分が信じていることに忠実に、信念を貫いて行動していますか」
といったことをたずね、「社会に貢献したい」「自分の信念を曲げたくない」という感覚をもっているかどうかを調べたわけです。
さらに、その後、全員を二つのグループに分けました。
「いま自分が抱えているトラブルに対して、いい解決策を出してください」と考えてもらったグループ。
「あなたの仲のいい友達が抱えているトラブルに対して、いい解決策を考えてください」と考えてもらったグループ。
出された解決策がどれくらいいい解決策なのかを第三者に採点してもらったところ、「徳」の高い人を除いて、基本的に自分が抱えているトラブルに対してはいい解決策を思いつきにくいことがわかりました。
つまり、社会のため、他人のために役に立ちたい、誰かを喜ばせてあげたいというように、社会に対する貢献心や他人に対する親切心をもっていて、かつ、その信念を曲げた<ないと思っている人は、自分の問題であってもバイアスに左右されず、正しい判断ができるということがわかったのです。
よく、「情けは人のためならず」といいますが、これは科学的にも正しかったわけです。
自分の判断能力を上げて、自分の人生の判断ミスを減らしているので、人生にとても役に立つ考え方であり行動だといえます。
では、どうしてバイアスの働きが弱くなるのでしょうか。
社会に対して貢献し、自分の信念を曲げないように努力している人は、「自分はすごい」「自分は誰よりも努力している」などとは言いません。
「自分はまだまだだ」「自分のいまの能力は、これからの人生で出くわす問題を解決するには、まだ十分ではない。だから、もっと努力しないといけない」と考えているのです。
これは「知的謙遜」といって、ソクラテス哲学における「無知の知」のようなものです。
積極的に社会や他人とかかわり、「誰かを助けたい」と思っても不可能だったことや、「もう、ちょっと力を貸してあげたかった」という経験をすることで、自分はまだ十分ではないことに気づき、自分の力の限界を知ることができます。
自分の限界を知ることには大きな意味があります。
自分の限界を知って、それを受け入れると早く限界を突破できることが、最近の心理学の研究でわかってきたからです。
よく自己啓発セミナーで「限界を突破せよ!」「できる!できる!」などと叫んだりしますが、あれはナンセンスでしかありません。
「自分はどこまでできるか」を知ることが大事なのです。
実際、世界一稼いでいるアメリカの投資家ウォーレン・バフェットさんも、「投資で失敗しなために大事なのは、能力を高めるとではなく、自分の能力の境界線を知ることだ」と言っています。
ちなみに、知的謙遜という考え方は、グーグルなどでも採用に関する指標として使われています。
世界的に、知的謙遜レベルの高い人を採用する傾向が高まっているように思います。
↓ 参考書籍
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