器の大きな人になる

心理・思考・時間


【大物たれ】

徳のある人物は、ひたすら「道」に従っている。

一見、ボーッとしていて、捉えどころがないようだが、それは意識が常に自分の信じるところ、言い換えれば専門分野でことを成し遂げようということに集中しているからです。

大物とは范洋とした人物である。

世に「大物」と称される人物にお会いすると、ひとつの共通点があります。

「何かボーッとしていて、よくわからない人だけど、なぜだかこちらの問いかけにはスパッと切れ味のいい言葉が返ってくる」そうです。

大物とはそういうものなのでしょうか。

なぜ「ボーッと」しているように見えるのでしょうか?

ひとつは、心が柔らかく、広いのです。

無限宇宙に向かっているというか、俗世間を超越したところに心を広げているからです。

逆を考えて見ましょう。

悩みを抱えている人はみんな、「頭も心も体もガチガチに固まっている」ということです。

もう目の前のことしか見えていない。

それは小物の典型でしょう。

そこから脱する方法として、「たまには広大な空でも見上げて、心を大きく広げたらどうですか?そうして3回、大きな声で「生きてるだけで100点」と叫んでごらんなさい」。

やってみるとわかりますが、心がワーッと広がっていく感覚が得られると思います。

それは「道」と自分が一体化する瞬間でもあります。

佐藤さん
佐藤さん

私は「叫ぶ」まではいきませんが、たまに自然に触れたくなって、海に出かけることがあります。目的もなく、ただただボーッとしたい時・・・年に4,5回ありますかね?その徳、「ワーッと」する感覚があります。

大物がボーっとしているように見えるもうひとつの理由は、仕事でも何でも、自分のやりたい事、やるべき事で頭がいっぱいだからです。

終始、そのことを考えているため、周囲の目には「心、ここにあらず」という風に映るわけです。

組織の改革・変革への集中度が高ければ高いほど、反比例するように、「ボーッとしている度」も高くなります。

そういう人が、大物になるのです。

「せっかくこの世に生まれてきたんだから、大物を目指したらどうだい?」

それが「老子」の声なき声でもあるのです。

【疑い深く、用心深いのが大物になる条件】

立派なリーダーと言うのは人間が深く、ひと言では語れない。

強いて言うなら、第一に疑い深く、用心深いことが求められる。

脇の甘い人間はリーダー失格である。

優れたリーダー像というと、「先にどんな困難が待ち受けようとも、それをものともせず、勇猛果敢に突き進んでいく」様子をイメージすると思います。

しかし、老子が描くリーダー像はまったくの逆です。

冬の氷の張った川を、割れやしないかと確かめながらそろそろと渡るように、びくびく、おどおどと進む人なのです。

何も「臆病になりなさい」と言っているわけではなく、進む先には、必ず何か危険が待ち受けていると疑ってかかり、細心の注意を払って、用心深く事を進めていく事が重要だ、と説いているのです。

つまり、リーダーは組織と、そこに所属するみんなの命運のカギを握っていますから、慎重のうえにも慎重に進んでいかなければいけないのです。

近年よく問題になる「脇の甘いリーダー」は、先のことを考えず簡単にお金をもらったり、重要な事案なのに軽々しく考えて失言したり、良からぬことを考えている人たちに乗せられて不正を働いたり。

こんな事では、リーダー失格なのです。

リーダーの資質としてピシッとしていて礼儀正しいこと、人間的な温かみにあふれていること、飾り気がなく朴訥(ぼくとつ)であること、人間的な深みがあることの要素が必要とします。

佐藤さん
佐藤さん

「脇の甘いリーダー」は感じとれていると思います。このリーダーの資質を持ち合わせている人に、いまだに会ったことがないような気がします。私が見えていないだけなのかもしれませんが、このような方に会って学んでみたいものです。

【どっしり重々しい人に信頼も人望も集まる】

リーダーの根本は、重々しさと冷静さにある。

その根本を失い、軽挙妄動に走るようなリーダーは、リーダーとは言えない。

リーダーの行動一つで、すべてぶち壊してしまうことはよくあります。

近年相次ぐ企業のスキャンダルを見ても、それは明らかです。

たとえば、食品関連でいうと、産地を偽装したり、賞味期限・消費期限の改ざん、法で規制されている成分のごまかし・・・。

いざ事が露見すると、最初のうちは「自分は悪くない」などと開き直り、バッシングの嵐になってから頭を下げる、といった経営者が少なくありません。

そんなふうに、周囲の状況を見て、簡単に態度を変えたり、失言を繰り返したりするなど言語道断です。

リーダーとしての重さ、冷静さがなく、軽々しく、騒々しいのです。

そんなリーダーの末路は、火を見るより明らかで、みんなの信用を無くし、社員にも世間にもそっぽを向かれているではありませんか。

リーダーのあるべき姿は、その真逆で常に冷静に状況を見極め、自分の言動がどういう波紋を呼ぶかを考えなければなりません。

それだけリーダーの言動は重く、責任は重大だということです。

では、このようなリーダーに必要な重み、冷静さはどのようにすれば身につくのでしょうか。

それは、日ごろからどっしりと腰を落ち着け、冷静沈着であるよう研鑽(けんさん)を重ねることにつきます。

「いざとなったら、できるさ」と言うのは通用しません。

慌てると、人はどうしても「素」が出てしまいますので、その「素」が、重みになっていなくてはいけないのです。

自分には、ちょっと軽々しいところがあるな、周囲に影響されやすい傾向があるな、と思うなら、そこを自覚して、なくす努力をしなければなりません。

すでにリーダーの人も、未来のリーダーの人も、そこをきちんとやることが重要です。

↓ 参考書籍

コメント

タイトルとURLをコピーしました